トルコ   4/23 出発 アンカラ  4/24 アンカラ カッパドキア  4/25 カッパドキア ギョレメ  4/26 絨毯工場 コンヤ  4/27 アンタリア アスペンドス  ペルゲの遺跡  4/28 ハドリアヌス門 波のない海  4/29 ヒエラポリス パムッカレ  ヒエラポリス   4/30 エフェソス イズミル  エフェソス   5/1 トロヤの遺跡 ベルガマ  トロイ遺跡  ベルガマ遺跡  5/2 イスタンブル グランドバザール  5/3 ブルーモスク アヤソフィア  ブルーモスク   アヤソフィア大聖堂  5/4,5 帰国 
絨毯工場 コンヤ 1998/4/26
宿泊地;カッパドキア ホテル;mustafa hotel   モーニングコール6:30 パッケージダウン7:15 朝食6:30 出発8:00 夕食19:30 ホテルを出発 
  ダルファンという谷  岩の侵食がすごい。 ラクダの形に似た岩。 ナポレオンの帽子に似た岩がある。

ガイドさんの説明   絨毯は遊牧のときに使われる。2,000年くらい続いている。 共和国の時代になっても変わってない。トルコ独特の絨毯の織り方がある。材料は羊毛。 国営の工場でやっている「ヘレキ」の絨毯が有名。 品質が優れている。トルコでは、絨毯の偽物が出回っている。嫁入り道具として自分で織った絨毯を持参していた。  旅行記
  国営の絨毯工場  手織りで、実際に織っているのは女性だった。 小さい子供もいた。小さいときから教えている。 とても大変な技術を持って織っているように思えた。トルコ絨毯の織り方は、他の織り方ペルシャ等と異なり折り返す回数が多い。そのために織るのに手間がかかる。しかし丈夫で長持ちする。お茶をいただきながら立派な絨毯を見せていただいた。金額的には、かなり高いような気もしたがどれも立派なもので美しかった。 絨毯を買うつもりはなかったが、店員さんが熱心に進めてくれるので、飾りものにする絨毯を買った。

絨毯工場からコンヤへバスで移動 225km   ガイドさんの説明  ぶどう畑が多い。 カッパドキアで一番大きい町、ネーシフレシュ(約8万人)にカッパドキア大学がある。これから行くコンヤは、神秘な音楽、儀式で使用する音楽で有名。途中岩窟の町がある。  新興住宅と岩窟の町が混在している。  旅行記  新興住宅にもモスクが点在している。集合住宅の中心にモスクがある。 高い塔と輝く屋根、 どこも似たような形。どんよりとして曇り空が続く。 道路は殆ど信号機が無いのでノンストップで走る。

ベンツの自動車工場がある。トルコで1番広いマタライナ平野を通っている。サトウの原料となるサトウ大根 小麦粉が多い。畑にやる水は地下水を汲み上げる。冬は雪が降る。アナトリア地方の建築は、新石器時代から続いている材料、 白ボシレンガを使う。 ときどき、運転手ホセさんの「ピプピパ」の警笛が鳴る。 バスは町中は徐行する。

ぶどうの木、広々とした麦畑、じゃがいも畑、日本の農業と当地では耕地面積が異なる。農業のやりかたも異なると思う
。日本の農業をやっている人が、トルコの農業をやればやりがいがあると思う。横に白く見えるのは放牧の羊

ガイドさんの説明 バスは今、最近できた町、アッサラ、人口約12万人を通っている。11世紀頃、サルチャルトルコ人が ロシア国境から小アジアに入ってきた。ローマ帝国に、サルチャルトルコ人は草原で勝利し、征服し、首都をコンヤとした。コンヤには 12,13世紀頃建てられたものが多数あった。サルチャルトルコ人は14世紀まで続いた。11〜14世紀、サルチャルトルコ人によって作られたもので、シルクロードが一番立派。有田、伊万里、中国の焼き物が、シルクロードを通り運ばれた。13〜17世紀は貿易が発展。  キャラバンサライ(隊商宿)  アッサライ郊外にあるキャラバンサライ(隊商宿)を見学。

kervan sarayiはシルクロード沿いに作られた。当時、交易の利点は大きかったが、隊商はつねに盗賊などによる略奪の危険にさらされた。スルタンは、 各地に小城塞のような堅固な宿泊施設を設け、交易振興を図った。3種類のキャラバンサライがあった。小さい宿は「ハン」。普通宿は「キャラバンサライ」、40km毎にあった。大きい宿は「スルタンハン(大様の○○)」 。今から見学するのは大きい宿 スルタノハナsultahaniの隊商宿がある。

旅行記   バスの中は民族音楽の曲が流れている。 空は雨模様・・・。あいにくの雨のドライブ。今 、13:05。 多分 昼食場所となるコンヤまでは70kmくらいあると思われる。バスの窓は、雨に濡れて見えなくなってしまった。無言で昼食までは耐えなければならない状態。バス旅行も窓の外が見えなくては暇になってしまう。見えにくい窓から外を眺める一面続く平地。 緑と茶色の土と荒れ地の連続。緑地(麦畑)を見ると十分な食料を確保できると考える。   ガイドさんの説明   コンヤの街の歴史。広大なアナトリア・ステップ高原の中央に位置する。 トルコで最大面積。 コンヤ県の首都。ルーム・セルジュク朝のケイクバートゥ1世のとき繁栄。当時建造された多くの神学校やモスクが、古都特有の雰囲気を漂わしている。BC15世紀ローマ人が占領。11世紀アルチュクトルコ人が征服。当時首都。第一次産業は農業。 小麦粉工場多数。 現在の人口は80万人。コンヤの観光は、博物館となっているビックカラタイ神学校とメヴラーナ博物館の2ヶ所。コンヤの街

メヴラーナ博物館   旋舞教団の祖メヴラーナの霊廟跡。青緑色のタイルに覆われた塔が建ったのは、13世紀末のセルジュク時代。後のオスマン時代に、モスクやマナトゥル(僧院)が加えられ現在の形になった。博物館となった現在も、回教徒に重要な聖地。 聖者の象徴、大きなターバンをのせた棺にむかい祈る人がいる。  カラタイ タイル美術館  カラタイ学校は、スルタン=ケイガウス2世の時代、1251年、エミル・ジュラレッディーンカラタイにより設立された。オスマン・トルコ時代にも使用された。19世紀末に閉校。アナドルセルチュク時代のタイル細工で有名。1955年にタイル美術館として一般公開。  メヴラーナの旋舞  見なかったが、メヴラーナの旋舞という踊りが有名。メヴラーナ教団は13世紀に始まった。神秘主義的色合いの強い教団。踊りは、修行僧たちが舞踊によって無我境にはいり、神と一体になることを目指す。旋舞は、ゆるやかにはじまり、時間の経過とともにしだいに激しくなる。  旅行記  2つ目の博物館(メヴラーナ博物館)の見学途中に雷雨が降ってきてかなり濡れた。 バスでの移動中も雨が降ったりやんだりしていた。バスの窓が雨で汚れ見えなくなるのには困った。観光が少なかった分、部屋にいる時間が長くなり、比較的のんびりできた。きゅうりの小さな塩漬、お茶、チーズはおいしい。ずっとお世話になり続けたガイドさん。いといろと親切にしていただきありがとうございました。

宿泊地;コンヤ  ホテル;hotel dundar

   トルコ   4/23 出発 アンカラ  4/24 アンカラ カッパドキア  4/25 カッパドキア ギョレメ  4/26 絨毯工場 コンヤ  4/27 アンタリア アスペンドス  ペルゲの遺跡  4/28 ハドリアヌス門 波のない海  4/29 ヒエラポリス パムッカレ  ヒエラポリス   4/30 エフェソス イズミル  エフェソス   5/1 トロヤの遺跡 ベルガマ  トロイ遺跡  ベルガマ遺跡  5/2 イスタンブル グランドバザール  5/3 ブルーモスク アヤソフィア  ブルーモスク   アヤソフィア大聖堂  5/4,5 帰国