スペイン 9/2〜3 9/4 9/5 9/6 9/7 9/〜10 
■9/8

wake-up call  none 朝食 8:00 package out 9:00 出発 16:30 checck out 10:00
最後の日になった。朝、腹の調子がかなり悪くなった。チョット無理めに朝食を採ったら少し楽になってきた。
食あたりでもしたか。ツアーの他の人はそうでもなさそうでチョット原因不明。
最後の日は飛行機の出発までかなり時間があるため、SさんとS夫妻と一緒にピカソの絵を見にいくことにした。
チェックアウトを済ます。電話代2085pts、日本への通話5分間くらい。
タクシーの運転手さん

10:00〜15:00くらいまで美術館に行く。
「治安が悪い悪い」とツアーの間ずっと添乗員さん、現地ガイドさんが言っておられたので洗脳されてしまう。
マドリードの市街までタクシーに乗って行く。1500ptsくらいで行けた。タクシー代は安い。
ソフィア王妃芸術センター 
MUSEO NACIONAL CENTRO DE ARTE REINA SOFIA 
美術館入り口、セキュリティチェックが厳しい。
カメラの持込は禁止されている。カメラは預かってもらう。入場券500pts

お目当てのピカソの絵「ゲルニカ」を最初に見る。グットくるものはなかった。
ゲルニカEL GUERNICA は小さな村の名前で反戦的大作。ピカソの絵の代表的作品といわれている。
「これが有名なゲルニカか・・・」といった感じだった。絵の前を何度か行ったりきたりしたので、30分くらい見たかもしれない。
ガイドブックを買って、ガイドブックに従い年代順にピカソの絵を見てみると絵の変化がわかるようだった。
ゲルニカと一緒に、ゲルニカの下絵と思われる作品がたくさん展示されていた。
下絵もよかった。「青の女」もよかった。
ゲルニカのキーホルダ

ミロの絵もよかった。
キャンパスに絵の具で強く引かれた黒い力強い線は日本の書と似ているところがあった。
入場券500pts/ガイドブック1295pts /????900pts/キーホルダー6ケ2875pts/皿575pts
ピカソ
1881-1973 Pablo Ruiz y Picasso
アンダルシア地方のマラガ生れ。
1901年パリに出,ロートレックの影響下に貧しい人びとの生活を青い色調で描く〈青の時代〉
1905年のオランダ旅行後〈ばら色の時代〉に移った。
のちアフリカの黒人彫刻の造形に興味をもち,
1907年《アビニョンの娘たち》を描いてキュビスムを創始。
1920年前後に一時古典的写実に戻ったが,
1925年ごろシュルレアリスムの影響を受け,特異なデフォルメによる彫塑的表現を試みる〈メタモルフォーズの時代〉に入る。
以後各種の表現方法を取り入れて自由な造形に進んだ。
1937年には反戦的大作《ゲルニカ》を発表,
パリのレジスタンス運動の闘士と交わり,戦後共産党に入党。
次いでニースに近いアンティーブで,軽い筆触により《笛を吹く牧神》等を描く。
石版画,彫刻,陶器等も制作。
最晩年には大量の〈画家とモデル〉の連作を描いた。
お土産手買った皿の絵

ミロ 
1893-1983 Joan Miro バルセロナ生れ
同地の美術学校に学ぶと同時に,展覧会などを通じてフォービスムやキュビスムの影響を受けた。
1918年最初の個展を開き,翌年パリに出てピカソを知る。
郷里のモントロイグの描いた《農園》(1921年―1922年)を最後に具象から離れ,
シュルレアリスムの影響を受けた抽象的傾向の作品を発表。
象形文字のようなフォルムと鮮明な色彩との美しい調和,童話的な幻想性と独特のユーモアが特色。
キャンバスに引かれた線の強さが印象に残った。
プラド美術館 
Museo Nacional del Prado 美術館外観

入場料500pts 

昼食
ビールとつまみを美術館の中のBARで食べる。

ベラスケス
《オーストリア王家、ドーニャ・マルガリータ王女》

ゴヤ《着衣のマヤ》等々の絵をゆっくり見ることが出来て良かった。
ゴヤ
《着衣のマヤ》

ホセ・デ・リベラ「ヤコブの夢想」
歩き疲れ「ヤコブの夢想」前でしばらく椅子に座り見ていた。
良い絵に思えてきた。

美術館歩きは疲れた。石の上を歩くと疲れる。
早朝からのお腹の不調のためかもしれない。腰も痛くなってきた。
マドリッドの日差しは強い。気温は、40度を超えているのではないか。
しかし、湿気がないためとは思うが、暑いといっても日陰に入ると、まあ、さわやかな気持ちになる。
情熱の国スペインの首都マドリッドの活力を感じた。
治安が悪いというのは本当かどうか知らないが、人と車が多い。
ピカソのゲルニカの絵の美術館は、アトーチャ駅というところの近くにある。
観光客の人が多いようだ。
皆が治安の悪さに付き合っているようで、人を見るとついその気になってしまう。
ホテル
無事ホテルに帰ってくると、運が良かったのかもしれないが、やはりどの人も親切な人の様に感じる。
ホテルで少し休んで
16:30頃ホテルより空港に出発する。



マドリッド空港

18:50に集合し搭乗手続きとなる。
19:25; マドリード発 AF1901 少し遅れて出発。
21:30; パリのシャルル・ドゴール空港着 
出国審査を終える。
定刻23:25; パリのシャルル・ドゴール空港発  AF272 
機中 泊まり

■9/9
18:00、東京成田空港第1ターミナル着 。
無事成田に到着。満席だったためか荷物がなかなか出てこなかった。
19:40、成田空港第1ターミナルよりローズライナーに乗る。
21:53東海駅東口着 おかあさんに駅まで迎えにきてもらう。
その他
帰ってきてからおなかの調子のせいもあったのだと思うが、身体が出発前の状態まで戻るのに時間がかかった。
寂しいことに回復力が無くなっている。
したがって、旅行記を作る気力がでずなかなか作れなかった。
また、シドニーオリンピックが開催され、テレビの前に座る時間が多くなりパソコンの画面からだんだんと遠のいてしまった。
サッカー、野球、柔道、競泳・・・陸上競技しばらく目が離せない。女性がなんといっても頑張っている感じを受ける。
今回の旅行ではデジカメだけで写真を撮ってきた。700枚くらい撮ってみた。
帰ってすぐに、パソコンに読み込ませると直ぐに画像が現れた。デジカメの威力発揮の瞬間である。
旅行の記憶をたどると50名による団体移動の記憶が残ってしまった。
お手洗いの列、観光場所での移動、サービスエリアでの買い物、お土産やさんでの買い物・・・
どれもがすばらしいパワーがあった。強烈な印象が残る。
短時間での買い物パワーは団体となるとすごいものだ。小人数旅行では体験することが出来ない。
添乗員さんは、バスの乗り降り、空港等々で何度50名の数を数えたことだろう。本当にご苦労様でした。
スペインの土地はやせているのか肥えているのか今もわからない。
少し高いところに平らなところが広がり、オリーブ畑、オレンジ畑がずっと続いていた。
土がみえたところは、荒地なのか、休耕地なのか、じゃがいもか小麦を作るとこなのかわからなかった。
現地ガイドさんがいれば色々と教えていただけたと思うが今回はちょっとだめだった。
団体で50名ともなるといろいろな人がおられる。
50名のなかで人数を数えたわけでないが、若い女性の方が多くおられた。
その反面、若い男の人がいない。女性の力が強いのか・・・。
若い男性は色々と忙しくて旅行などしていられないのか、または、ツアーなどでなく個人で旅行を体験しているのか。
日本を離れ、日本以外の文化に接することはとても大切なことのように思っているので、
もし若い男性の方が旅行されていないならば、是非日本を離れ異文化に接していただきたいと思う。
スペインはキリスト教の文化圏だと勝手に思っていた。
史跡を訪ね、イスラム教とキリスト教の戦いの歴史そのものがスペインの歴史なのではないかと思った。
教会をみてもそこには明らかにイスラム教のモスクの建物後が残っている。
イスラム建築が残っている。きっと、激しい何百年と続いた戦いがあったと思われる。
現在ではどうなのだろう・・・・?

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