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■2/9
ベネチアへ船で渡る
7:30、ホテルを出発
水上バスにて島に渡る。霧が結構出ていた。
バスから撮る水面、霧がかかっている?

ベネチアへは、バスを降り、船、水上バスで行く。
霧の中から朝日が光っている。

足元には霜が下りていて寒かった。
船を固定、あるいは整理するための杭。かたちが独特に思える。

ベネチアについて 
Venezia 英語でベニス。
合計118の島の上に築かれている。
貴重な建築を残している。街全体が「建築博物館」といわれている。
約30万人。 アドリア海の女王と讃えられる町。
イタリア北部。 ベネト州の州都。 ベネチア湾に臨む港市。
イタリア本土とベネチアを結ぶのは、人間の足と船だけ。
交通は水上バスやゴンドラ、モーターボート。
水上に浮かんで見えてきた霧の中の建物。 幻想的な世界。

ベネチアの歴史 
5〜6世紀、北方からの異民族バン族が侵入。
「アッテラが攻めてくる。」 
「フン族が攻めてくる。」 
「アクレイアも 焼き討ちされた。 女子供までが、皆殺しにされたそうだ。」
奪われ、殺され、焼き尽くされた。
助かるには逃げるしかなかった。
陸上では 足の速いバン族に追いつかれる。
「どこへ逃げよう」 
「塔に登れ。 そして、そこから海の方角をみよ。」
「おまえたちの見る地が、これからおまえたちの住家となる」のおつげがあった。
「ベネチアとその潟へ逃げろ。」
潟の中に散在している葦の生い茂った島々。 潟のなかには樹のかげさえなかった。
人々は船を集め、食料、水、衣類、材木等を積み、潟の中の島々に避難した。
800年、アドリア海の付け根という地理を利用して、海洋国家としての地位を確立していく。
「アドリア海の女王」と讃えられる。
10世紀後半、東地中海貿易、十字軍遠征により発展。
13C初め、十字軍出撃。コンスタンチノープルを攻め、略奪品をベネチアに持ち帰る。
1381年、ジェノヴァとの戦いに勝利。
14〜15C、絶頂の時代。オリエントと西欧を結ぶ重要都市。
15C末、 世界は大航海時代。
希望峰周りの東方航路の開拓。地中海は単なる内海になる。
1453年、トルコ軍によるコンスタンチノープル征服。以来、陰りが見え始める。
17Cまで、トルコとの海上覇権を巡る戦いで消耗。
1797年、ナポレオンに制圧される。共和国の終わり。
18C以降、文化都市に脱皮。
世界で最も早い時期に観光都市として名乗りを上げる。
1866年、イタリア王国に編入。
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ベネチアの玄関
霧の中をとおりベネチアに到着。霧も少しは晴れてきた。
「別世界に着いた」とおもった。素晴らしい世界が目の前に現れた。霧の中から現れた建物。

運河も霧に・・・・。

ベネチアの中に車はない。
自転車、子どもはOK。 
橋は太鼓橋。車が入り込めない。荷物の移動は、手押し車 チョット大変か。

霧が晴れ、青空がみえてきた。

BARはイタリアでは、居酒屋ではなく、気楽にコーヒーなどを飲む処。
BAR CELATERIA RIVIERAとかいた看板

大運河を中心に運河が縦横に走る。
レース,宝石細工,ガラス器,陶器の製造が盛ん。
本土側のマルゲーラ地区に石油化学,重工業地区が形成。
東洋風なサンマルコ大聖堂、サンマルコ広場などがある。
路上のお土産やサン
仮面、本、人形などを売っている。
仮装舞踏会用仮面

ベネチアの玄関
水上バスの着いた処近く。霧が晴れたとき撮る。

ベネチアの玄関
水上バスの着いた処近く。

ベネチアの英雄?

サンマルコ大聖堂 広場
サンマルコ広場 
ビザンチン文化の影響が感じられるサンマルコ寺院の前に広がる広場。
ナポレオンが「世界で最も美しい広場」といった。
サンマルコ大聖堂
ベネチアの豊かさと壮麗さのシンボルといわれる。
5つの扉口をもつファサードは、大理石円柱。
黄金のモザイク、その他多数の彫像で豊富に飾られている。
サンマルコ大聖堂とサンマルコ広場

サンマルコ大聖堂
 
絵がかかれている

大鐘楼 高さ99m?

広場近くのようす

ドゥカーレ宮
9Cに建てられた総督の住まい。内部はちょっと派手な装飾がされていると感じた。
ドゥカーレ宮 サンマルコ寺院チケット
美しいデザイン



窓の格子

ドゥカーレ宮



ベネチアのカーニバル 
中世の仮面・化粧をつけた人々が町に繰り出す。
ルネサンス時代に戻った雰囲気を漂わすといわれる。
サンマルコ広場の仮面をつけた大道芸人

広場からひとつ離れた通り。
歩く先は運河。

ベネチアングラス 
イスラムの技法を受け継ぎ、13Cに製法が確立された。
コバルト、マンガンなど鉱物を溶かし込んで造ったベネチアンブルー、ベネチアンレッドと呼ばれる、深みのある色ガラス。
ベネチアングラスは、高い強度わもつ。色によってその強度が違う。
赤い色で染められたガラスは特に強い。
ワイングラスや花瓶だって床に落としたくらいでは簡単に割れない。
ベネチアングラスを制作実演と販売をしているところ。

職人サンによる実演。ピノキオをつくってくれた。

ベネチアングラス

運河と建物と太鼓橋

狭い路地と建物



洋服やサンで買い物したとき 包装紙に押されていたスタンプと通りの様子



ゴンドラに乗る。
路地と運河が入り組んでいるベネチア。
中世の街並を映す運河に、ゴンドラで行く。
ゴンドラ乗り場。

4,000艘のゴンドラ、500人の漕ぎ手がいるという。
しかし、減ってきている。 ゴンドラを作るところは、4ケ所。
ゴンドラが生きている、車の無い町ベネチア。
ゴンドラコース。
下の矢印は一つの例 
実際に乗ったコースは、サンマルコ寺院近くから乗った。
50分くらいのって、乗った場所の近くに戻ってきた。

サンマルコ運河から細い運河に入っていく。
サンマルコ運河は広い。

ゴンドラから運河を見る。
運河をいくゴンドラ。波はないがちょっとこわい。

ゴンドラと美しい街。
海と建物のコントラストが素晴らしい。

ゴンドラは大きい運河から、小さい運河に入っていく。

現在は、観光がメインらしい。しばらくは多くの観光客が訪れ続けるだろう。
建物等を見ると、海上貿易と、戦利品による富がとても多かったことが容易に想像できる。
大きい運河から小さい運河に入っていくゴンドラ。

歴史的な建物の間に運河がある。
 ゴンドラは運河をすすむ。 建物は運河に面して玄関がある。

建物の下には、地中深くのカラント層(圧縮された粘土層)まで、
カラマツなどの堅い木の杭を無数に打ち込み、建物を支えている。
下水道が作れないため、運河が下水道の役目をはたしている。
最近汚れがあり、運河の清掃もおこなわれている。
150くらい運河がある。 建物の間をすすむ。

太鼓橋

何の旗かな?
 



すれ違うゴンドラ

建物の間をすすむ 運河が交差している

太鼓橋

歴史を感じる建物と運河



建物の基礎部

路上の人

建物の壁

狭い運河

ゴンドラ遊覧の終点

ゴンドラ

ゴンドラと運河

昼食は名物イカスミのスパゲティ。
水上バスに乗る処

水上バス

水上バスからの景観

水上バスからの景観

パポレット、水上バス、通勤客、トラゲット、渡し船。
大運河にトラゲットは 7ケ所ある。 
モーターボートが最近増えた。
救助、郵便、現金輸送、警察、消防船等に使用されている。 
水上バスからの景観
 
水上バスからの景観

水上バスからの景観

午後
ミラノへ移動 
途中の景観は、畑が続いている。
ミラノに近づくにつれ、大きな工場が結構並んでいたように思えた。
ベネチアからミラノへ移動(277km)。
夕食は名物ミラノ風カツレツ。
ミラノ泊 
HOTEL;GRAND HOTEL FIERAMILANO

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